獣医師の待遇と展望2025.06.19

獣医師の離職率、ブラックな労働環境について

獣医師という職業は、動物のために働くという「動物好きな人にとって夢の職業」として認識されがちですが、その裏には高い離職率と過酷な労働環境、「いわゆるブラックな職場環境」が課題です。

獣医師として働くにあたって、仕事内容は診察・手術・入院管理・飼い主とのコミュニケーションなど多岐にわたりますが、それに見合う報酬や労働条件が整っていない現実があります。

この記事では、実際の経験を交えて獣医師が直面する労働環境の実態や背景、今後の課題について詳しく掘り下げて考察していきます。

目次

  1. 数字で見る獣医師の離職率
  2. なぜ動物病院の労働環境は改善されにくいのか
  3. 少しずつ始まっている動物病院の労働環境の改善の動き
  4. まとめ

数字で見る獣医師の離職率

獣医師の離職率は、他の医療職と同様に高い傾向があります。しかし、医療職のなかでも獣医師の離職率は群を抜いて高いと言われています。

新卒者の離職率は特に顕著と言われており、ある大学の調査によると、小動物臨床獣医師の約60%が1年以内に初めての職場を離職しています。これに対して、新卒の看護師・薬剤師離職率は約10%と、他の医療職と比較してみても獣医師の新卒者の離職率が高いことを示しており、獣医師の離職問題の深刻さを物語っています。

獣医師国家試験には毎年約1000人が合格しており、その中でも小動物臨床へすすむ獣医師が増えているにも関わらず、高い離職率のために人手不足が改善していないのが現状です。

また、獣医師の離職率は勤務先の規模や地域によっても異なります。都市部の大規模病院では、研修制度や福利厚生が整備されているため、離職率が低い傾向です。

一方、地方の小規模な動物病院では、教育体制や労働環境が不十分であることが多く、離職率が高くなる要因となっています。
獣医師の高い離職率の背景には、いわゆるブラックな労働環境が存在します。

以下に、少し極端な動物病院の1日の流れをあげてみます。

出勤時間

動物病院の場合、開院時間通りに勤務開始というわけにはいきません。入院している動物達のお世話のために30分から1時間前には出勤する病院がほとんどです。

昼休み

お昼休みが取れない動物病院というのはめずらしくありません。午前と午後診療の間で預かり検査や手術などをする動物病院が多いですが、忙しい日には昼食が食べられたらラッキー、昼食を食べる時間すらない日もあります。

退勤

診療が終わっても定時で帰ることの方が少なく、カルテを書いたり入院管理をしていました。重症症例が入院している時には病院に泊まり込み24時間体制での管理が必要になることもあります。もちろん夜に緊急手術などが入ったら終わるまで帰宅することはできません。

休日出勤・夜間看護

命を預かる仕事である以上、もちろん休日でも病院に出ることもあります。特に、自分の担当した症例が入院している時は出勤日でなくても見に来ることが当たり前のような風潮もまだあります。獣医師の人数が多ければシフト制で交代することも出来ますが、人手不足な業界ではそうはいきません。
私自身、日中診療後に夜間勤務をし、その後にまた日中勤務を経験したことは何度もあります。

また、個人の動物病院は閉鎖的な社会のうえに、どうしても院長のワンマン経営になりがちです。院長の方針に合わない、やり方についていけない、院長からのパワハラや職場の人間関係で悩み、辞めてしまう人も多いです。

このような責任を伴う長時間労働が求められる反面、他の医療職と比較すると獣医師の給料は労働内容に見合っていないことがあります。
一般的な同年代のサラリーマンより年収が高くなる場合もありますが、勤務医の場合1日12時間を超えることもある長時間労働、不確定な帰宅時間、休日出勤もあることを考えると割に合わないと言えるのかもしれません。

なぜ動物病院の労働環境は改善されにくいのか

獣医師のブラックな労働環境は長年にわたって指摘されてきましたが、なかなか改善が進んでいないのが現状です。以下に、考えられる原因をいくつか挙げてみます。

慢性的な人手不足

獣医師の数自体は年々増加していますが、勤務医として生涯働き続ける人は多くなく、前述のとおり離職や転職が相次いでいます。特に若手獣医師は、理想と現実のギャップに直面し、短期間で職場を離れてしまうケースも少なくありません。
また、女性獣医師は40歳になるまでに80%が臨床を離れてしまうという報告もあります。

やりがい搾取

獣医師という職業は「やりがい」が重視されがちです。動物の命を助けたいという気持ちが強い分、無理をしてでも働いてしまう傾向があります。この「やりがい搾取」とも呼ばれる状況が、過酷な労働を正当化してしまい、労働環境の改善を遅らせる一因となっています。

診療以外の対応

飼い主様から寄せられる期待・要望が時に、獣医師の負担になる場合もあります。近年ペットは家族同然の存在であるからこそ、治療結果に対する期待が高く、どうしても感情的なトラブルに発展することも。診療だけでなく、こうした対応にも時間と労力を割かれ、仕事の負担が増しています。

これらの複合的な要因により、獣医師の働き方改革はなかなか進まず、現場の負担は増え続けています。持続可能な動物医療のためには、業界全体での仕組みづくりと社会的な理解が不可欠です。

少しずつ始まっている動物病院の労働環境の改善の動き

獣医師のブラックな労働環境について述べてきましたが、近年ではこれらの労働環境を改善するために、働き方改革に力を入れて取り組む動物病院も増えてきました。

獣医師の働き方の多様化

中でも、女性獣医師の育児と仕事の両立支援や、働き方の多様化が注目されています。
女性獣医師は、出産や育児などのライフイベントにより職場を離れることが多く、その後のキャリア形成に影響を及ぼすことが多々あります。
一度完全に臨床を離れてしまうと、技術面・知識面のどちらでも現役の獣医師から大きく遅れを取ることになり、その差を埋めるのはなかなか簡単ではありません。
そのため、育児休業制度や時短勤務制度の導入、フレックスタイム制度の導入など、柔軟な働き方を提供する動きが広がっています。

勤務獣医師の労働管理の徹底

また、勤務獣医師の労働時間の可視化することも改革の一環として進められています。
タイムカードなどを用いて労働時間の把握や管理を適切に行うことで、過重労働の是正や業務の効率化が図られています。
そして、業界全体の人手不足を解消するためには、やはり新卒獣医師の離職率を下げることも重要です。メンター制度などを取り入れた教育体制の整備や、働きやすい環境づくりなど取り組みは様々ありますが、人手不足の動物病院だと全てをカバーするのは難しいのが現状です。

アウトソーシング

経営者の意識改革や外部リソースの活用も、働き方改革を推進する重要な要素となっています。
経営者、つまり院長自身が働き方改革の必要性を認識し、業務の一部を外注するなどして、スタッフの労働環境を改善しようとする動きが広がっています。
特に個人経営の動物病院では、人手不足により有給休暇が取りづらく、子どもが急に体調を崩してもすぐに休めないといった課題が日常的にありました。
こうした中、外注ーたとえばフリーランスの獣医師に代診を依頼することで、スタッフが安心して休暇を取れるようになり、結果として飼い主への影響も最小限に抑えることが可能になります。

SNSによる情報の共有

さらに、SNSなどの普及により学生や若手獣医師の声が現場に届くようになり、ニーズに即した働き方改革が進んでいます。これにより、次世代の獣医師が働きやすい環境が整備され、業界全体の労働環境の改善が期待されています。

このように、動物病院における勤務医の働き方改革は、女性獣医師の支援、労働時間の可視化、経営者の意識改革、そして学生・若手の声の反映といった多角的な取り組みにより、着実に進展しています。

まとめ

獣医師は動物の命を守るだけでなく、人と動物の共生社会を支える重要な職業であることに変わりはありません。しかしその一方で、長時間労働や人手不足といった「ブラックな労働環境」や、それらに伴う獣医師の高い離職率が常に課題となっています。

こうした現状を業界内外で「見える化」し、問題提起し、働き方改革や労働環境の改善に取り組むことが、未来の獣医療を支えるうえで必要不可欠です。

獣医師が無理することなく、ワークライフバランスを実現して働くことができる労働環境づくりが、持続可能な獣医療の実現につながっていきます。

<参考文献>
獣医師の需要|日本獣医師会HPより
獣医師として働き続けるために|日本獣医師会HPより

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