獣医師の情報発信

獣医師の労働環境を変えるために、私たち一人ひとりにできること

「獣医師の自殺率が高い」という噂は筆者が学生のころからありました。

この噂の根拠となるものがなんなのか未だにわかりませんが、正直なことを言えばなんとなくわかるような気がします。
実際、最近兵庫県で獣医師が一人自ら命を絶たれた、という悲しいニュースがありました。
大動物の往診担当の獣医師で、月の時間外労働が100時間にもなっていたとのことです。

獣医師はとてもやりがいのある仕事だと思います。
しかし、その一方で獣医師のメンタルや労働環境についてはやや軽視されているのではないかと感じることが時としてあります。

今回は、筆者の個人的な経験と視点から、獣医師の労働環境について私たちができることを少し考えてみたいと思います。

目次

  1. 獣医師の労働環境について
  2. 海外と日本の働き方の違い
  3. わたしたちにできること
  4. まとめ

獣医師の労働環境について

筆者が新人獣医師のころ、「サービス残業」というものは当たり前の概念であり、よく耳にした言葉でした。

獣医師は命を扱うお仕事です。
これはとても素晴らしいことだと思いますし、獣医師のみなさんも、きっとそれぞれ信念や誇りをもって日々の診療にとりくんでいるはずです。
しかし一方で、「命」という名のもとに私たち獣医師は縛られているのも事実です。

例えば、病院の診察時間が終わって片づけをして、「今日も1日頑張った」と終わったあとの予定を立てたりしているとき、命が危ないと駆け込んできた患者さんを私たちは「命」の名のもとに断ることはできません。
これは獣医師の使命でもあり、人としての倫理です。

このようにやりがいがある、すてきな仕事であるのは事実ですが、私たち獣医師個人が優先される職業ではないのも事実です。
実際、一次診療で働いていたとき、自分の担当患者さんが入院中調子が悪ければ休みの日でも見に行き、定時に帰れたことは数えるぐらいしかありません。
さらに、一晩中患者さんにつきっきりでおうちに帰れない獣医師たちを何人も見てきました。

仕事なのだからしょうがない、命を救うためにはしょうがない、と言ってしまえば聞こえはいいかもしれませんが、正直しんどいなと感じる時のほうが多かったように思います。

実際獣医師を辞めた同級生も何人かいますし、獣医師として働いていても、臨床の現場から遠ざかった友達もいます。

そして一生懸命治療をしても勝てない時がたくさんあります。
助けようとしているのは、人よりも短く、儚い動物です。そのたびに自分の無力さを突きつけられ、落ち込む日々。
忙しさとこのメンタルへのダメージは、やはりジワジワと闇となって広がっていく感覚を私は持ったことがありました。

今はだいぶ労働環境を改善しようとする動きがありますし、前よりも業界全体として、獣医師個人のケアに目を向けることが多くなったのではないかと思います。

それでもやはり、実際自分の時間を犠牲にして頑張っている獣医師のみなさんがいることは事実です。

海外と日本の働き方の違い

筆者は今研究者という立場で海外におり、臨床の現場からは少し遠のいておりますが、たまに病院にも出入りさせてもらっています。

日本の労働環境と比べ圧倒的な違いは、「マンパワー」だと感じます。
日本ではまだ少し獣医師の社会的地位は低いのではないかと感じることがありますが、海外では獣医師は医者にも匹敵するぐらいの地位の職業です。
そのため、しっかりとした人数を確保していること、そして、仕事が「分業化」されているので、個人の仕事の役割がはっきりしていて、余計な仕事をする必要がありません。

さらにたとえ一人抜けても、そこをカバーできる人がいるので、オンとオフがしっかりしています。
なので、長期休暇などもとりやすく、時間をうまく使えるのだと思います。

日本はやはりどこの病院も「人手不足」という問題が根底にあります。
また自分の仕事が終わったから終わってない人の仕事を手伝う、など日本人のその優しさが、仕事の役割を曖昧化しているのではないでしょうか。

海外のような働き方はあくまでマンパワーがあってこそできるものです。
なので今の日本の獣医業界ではまだ課題かもしれませんし、すぐに同じシステムを取り入れたり、真似したりすることは難しいと思います。

ただもちろん日本の良さもあります。
共感力が高く、幅広い視点でみることができる方が多いので、細かいちょっとした変化にすぐに気づくことができますし、器用に他の業務もこなすことができるのは、日本のメリットだと感じます。

実際海外の大学病院で一度それをつくづく感じたことがあります。
麻酔科は獣医師はもちろん監督・教育はするのですが、テクニシャン(動物看護士さん)と学生がオペを教育の一貫で行うのが一般的です(あくまで大学の教育病院の話です)。
オペ室に患者さんを移動させるタイミングで、麻酔科のテクニシャンがおらず、麻酔科の獣医師だけになってしまいいつもはスムーズにできている移動がまったくうまくいきませんでした。
それを見たとき、「分業化」はもちろん仕事のうえでは大事だと思いますが、不測の事態には臨機応変に対応できない人が多いのだな、と身をもって経験しました。

わたしたちにできること

獣医師は動物の命を救うヒーローです。
多くの獣医師が「命」というものを守るために日々戦っています。命を扱う職業に楽なものは何一つありません。
自分の手一つで、生かすことも、また殺すこともできるのですから。

ただ、その分想像以上に大きな重責が獣医師の肩には乗っかっているのも事実です。
私たちにできることの一つは、「違和感を無視しない」ことなのかもしれません。

「命」を守るために、色んなものを犠牲にして真摯に取り組む姿勢は、獣医師として誇らしく理想的な姿だと思います。
しかし、その中で「なんとなく疲れた」「なんとなく嫌だな」などこの「なんとなく」という感覚はきっと自分からのサインではないでしょうか。
私もそうですが、なんとなく疲れたなと思っても、もうちょっと頑張れる、と思ってしまいます。
その「もうちょっと」が自分自身を少しずつ蝕んでいるのかもしれません。

またこれは全体的な意識や獣医業界全体の底上げをしないと難しいかもしれませんが、日本の獣医業界は一人一人に対する負担が大きすぎると感じます。
ここをもう少し緩和するためには、もちろん人材の確保や、給与などやる気につながるものの底上げなどシステムの改善もとても大事なものだと思います。

さらに、一人でがんばりすぎない、という点も私たちにできることではないでしょうか。
日本人の優しさや真面目に取り組む姿勢は決してマイナスになることはありません。
その勤勉さは世界的にみても色んな分野で評価されています。
しかし、それゆえに、助けて、と言えない環境があるのではないかとも感じます。
もう少し肩の力を抜いて、一人だけに責任がいくのではなく、職場全体が一つのチームとなっている感覚をもつことが、個人個人の意識に必要なのではないでしょうか。

獣医療はチーム医療です。一人で戦うことは不可能です。
それは決して責任逃れではなく、よりよい治療を提供するためには、治療する側がよりよい状態であることが必要だということを少しでも意識してみてください。

まとめ

獣医

筆者もいち獣医師として、この兵庫県のニュースは他人事ではありませんでした。
おこがましいですが、なんとなく気持ちがわかるからです。

これは心が弱いというわけではなく、私たちが避けてきた、そしてなおざりにしてきた、「獣医師のケア」について考え見直す機会なのだと思います。
「命」を守る仕事は、表面的にはかっこよく素晴らしい仕事だと思われますが、実際はいろんなものを犠牲にしており、過酷であると感じます。

今後も獣医師の仕事はなくなることはないでしょう。
だからこそ、もう一度獣医師の心や環境を見直して、私たち獣医師が最高の力を発揮できるような、そんな世界になってくれたらうれしいです。

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